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コロナ予算も可視化! ビッグデータから新たな価値を引き出すデザイナーの重要な役割とは

2022年1月28日~2月12日、多摩美術大学TUBで開催された企画展「Visible x Invisible ──ビッグデータと次世代の情報表現」では、新型コロナウイルスの変異に関する遺伝情報を解析して明らかになった系統関係の膨大かつ複雑なデータを8Kの超高精細でリアルな映像で可視化した作品や、都市の多様性指数の計算結果を可視化した作品、深層学習による表意文字作成プロジェクトなど、データヴィジュアライゼーションの先端事例が紹介されました。本展を監修した情報デザイン学科情報デザインコースの永原康史教授に、展示のねらいやデータを可視化することの意義についてうかがいました。


『8Kで可視化した新型コロナウイルスの系統樹』 ©NHK
データヴィジュアライゼーション:山辺真幸
世界中から集まった遺伝情報のデータベースから、時間経過に合わせて似たもの同士を線でつないだ "変異ウイルスの地図"
第49回可視化情報シンポジウム アート賞大賞受賞

オープンデータの普及で
ビッグデータへのアクセスが容易に

近年、情報技術の急速な進化により、インターネット上では日々膨大な量のデータが生成され、リアルタイムに集積されるようになりました。また、二次利用が可能なオープンデータの普及が世界的に進み、誰もが容易にビッグデータにアクセスでき、自由に活用することができるようになりました。今回の企画展「Visible x Invisible ──ビッグデータと次世代の情報表現」で展示された作品は、そうしたさまざまなビッグデータを「可視化(=ヴィジュアライズ)」したものです。

本展を監修した永原教授は、メディアを介したコミュニケーションを創造する「メディアデザイン」の領域で、研究テーマのひとつとして情報の可視化に長年取り組んでいます。

「2011年の東日本大震災のときに、新聞社などの各メディアが探索型のヴィジュアライゼーションに非常に力を入れ、データによってニュースを伝えていくという機運が高まりました。ただ、当時は今のようにデータを自由に集められなかったこともあり、2015年ごろをピークに勢いがなくなっていたのですが、ここ数年のコロナ禍で再び注目され、多くのメディアで活用されています。コロナ禍の初期は未知のことが多く、『わからなくても知りたい』という欲求が強まったためだと思います」(永原教授)

「Visible x Invisible ──ビッグデータと次世代の情報表現」アーカイヴ動画(5'18")
『新型コロナウイルス感染状況のビジュアライズ』
データヴィジュアライゼーション:山辺真幸
ニュースやプレスリリースで報告される新型コロナウイルスの感染情報の時間と位置を元に、地理的かつ時間的な感染リスクの連続性を可視化。

データサイエンティストらと協働し、
プログラミングによる表現でビッグデータを可視化

出品は、情報デザインコースの元非常勤講師で慶應義塾大学の山辺真幸先生、現 非常勤講師の矢崎裕一先生、Scott Allen先生の3名に加えて、協力出品としてNHKが参加してくれました。ビッグデータを解析し必要な要素を抽出するデータサイエンティストやエンジニア、研究者らと協働し、プログラミングによる表現手法を開発して可視化した5つの作品のディスプレイ展示で構成されました。

「人間では知覚し得ないほどのビッグデータが日常的に使われていますので、それをヴィジュアライズするというのが今回の展示のいちばん大きなテーマでした。世の中のいろんな情報を目に見えるようにすることによって、これまで見えていなかったことにも気づけるようになりますし、まだ見えていないものの存在を知ることもできます。企画展のタイトルの『Visible × Invisible』にはそういう意味も込めています」(永原教授)

『都市の多様性の可視化』
データヴィジュアライゼーション:矢崎裕一
東京都内を200m×200mグリッドに区切り、それらグリッド内に立地する事業者を対象に多様性指数の計算結果を可視化。
また、建物の種類を可視化することによって、多様性の根拠たる建物の集積および種類の抱負さと多様性の関係を空間的に表した。
『コロナ予算の可視化』
データヴィジュアライゼーション:矢崎裕一
日本政府が令和2年度に新型コロナウイルス対策の予算として
計上した7兆円について、さまざまな切り口でデータを探索できるような可視化を試みた。

8K映像やAIの深層学習など
次世代の情報可視化作品をインタラクティヴに展示

5つの作品はすべてインタラクティヴ(対話型)で、鑑賞者側の操作に対してシステムが瞬時に、かつさまざまに反応し、鑑賞者側が知りたいと思う情報に容易にアクセスすることができます。

一例として、日本政府が令和2年度に新型コロナウイルス対策の予算として計上した77兆円について、各省庁のプロジェクト予算の支払先のデータをヴィジュアライズした矢崎先生の作品『コロナ予算の可視化』では、「府省庁と主要施策の二軸で俯瞰する」「発注先の組織はどんな種類の組織が多いのか」などの切り口で、鑑賞者の興味関心に沿って横断的な探索ができました。

鑑賞者側の一連の操作で、全体を俯瞰して見ることと細部をクローズアップして見ることがシームレスにできるのも、データヴィジュアライゼーションの特徴のひとつです。今回、NHKの協力を得て8Kの超高精細ディスプレイに映し出された山辺先生の作品『8Kで可視化した新型コロナウイルスの系統樹』では、その特徴がより顕著に現れていました。

「世界地図から遠いほうが過去で、近いほうが現在。黄色がデルタ株で、赤色がオミクロン株。それさえわかると、どういうふうにウイルスの種類が変わってきているのかが直感的にわかります。データ全体をロジカルに理解するのはむずかしいけれど、ヴィジュアライズすることで『感じる』ことができるようになります」(永原教授)

『8Kで可視化した新型コロナウイルスの系統樹』
データヴィジュアライゼーション:山辺真幸
新型コロナウイルス変異の採取位置情報をもとに、系統樹を時間と空間の両方に関連付け、1つの3次元グラフで表現。

データヴィジュアライゼーションは今後、
デザイナーが非常に重要な役割を担うジャンル

2010年代以降、世界各国のさまざまな企業や組織でビッグデータを戦略的に活用する取り組みがはじまりました。なかでも注目を浴びたのがジャーナリズムです。特に新聞メディアのデジタル化は著しく、それに伴い、ニュースの取材方法にも変革が起こりつつあります。

「これまでは記者が現場に足を運び、取材した情報と経験や推察を合わせてニュースを組み立てていましたが、これからは、特に有事の際は、データを集めて正しく解析し、間違いなく報道できる記者のほうが有利になっていくはずです。そのときに、データをわかりやすいかたちでヴィジュアライズできるデザイナーがいないと、ニュースがちゃんと伝わらなくなります」(永原教授)

日本でも、AIやビッグデータなど複数の分野を駆使してデータから新たな価値を引き出すデータサイエンティストの育成が急務となっており、2019年6月に内閣府が発表した「AI戦略 2019」では、2025年までにすべての大学生・高専生がデータサイエンスの初級レベルを習得する目標を掲げています。データサイエンティストが増加すれば、必然的に、データヴィジュアライゼーションのニーズがより高まることが予見されます。

「最近ではデータの専門家でもそのままでは読み取れなくて、専門家のためにヴィジュアライズするということも必要になってきています。人間が理解できないレベルの情報を『感じる』ことができるように加工するのは、われわれ美術の領域の人間が得意としてきたこと。今後、デザイナーが非常に重要な役割を担っていくジャンルだと思います」(永原教授)

『Compressed ideograph -visualized-』
Scott Allen先生が代表を務める慶應義塾大学 徳井直生研究室 Computational Creativity Lab.のx-visualチームによる制作。
漢字の生成と可視化を体験できる作品。6万字を超える漢字とその意味を学習したAIが、鑑賞者が入力した任意の文字列や文章に対して、 1文字に圧縮された漢字を生み出す。
やまなしメディア芸術アワード2021にてY-SILVER(優秀賞)受賞
『Compressed ideograph -visualized-』
多摩美術大学TUB第12回企画展
「Visible x Invisible ──ビッグデータと次世代の情報表現」
多摩美術大学TUB(ミッドタウン・タワー5F デザインハブ内)にて
2022年1月28日~2月12日に開催された。

永原 康史
永原 康史

情報デザイン学科 情報デザインコース教授

グラフィックデザイナー。デジタルメディアや展覧会のアートディレクションも手がけ、メディア横断的なデザインを推進している。MMCAマルチメディアグランプリ最優秀賞など受賞。竹尾アーカイヴズディレクター。著書に『インフォグラフィックスの潮流』(誠文堂新光社)など。


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